廃人スロッターだくおの物語
前回の吐血事件以降ペースは落としつつも、
相変わらずスロットは続けてました。
が、大学3年生の後半になると、
周りの友人との会話は就活の話題で
持ち切りになりました。
僕や、一緒にスロットを打っていた友人も
例外ではありませんでした。
とりあえず『効率的だから』という理由で、
学生時代はスロットで稼いできただけで、
ずっと続ける気なんてさらさらありませんでした。
当時の僕が求めていたものは『安定』でした。
「そこそこ安定した会社に就職して、
そこそこ豊かな生活水準を保ちながら、
のんびり暮らしたい」
・・・と、そう思っていました。
自然と打ちに行く頻度は少なくなり、
スケジュールは会社説明会など、
就活関連のイベントでびっしりと埋まりました。
やりたい仕事なんてなかったし、
就活は憂鬱で仕方なかったけど、
「今は我慢の時期だ!」
と自分に言い聞かせながら、
僕もリクルートスーツ集団の群れの一員となり、
毎日のように電車で何時間もかけて
たいして興味のない会社を回りました。
給料に興味がないサラリーマン
結局色々会社を周った結果、
とあるシステム会社に入社することになりました。
サラリーマンになってからは、
生活環境ががらりと変わりました。
入社直後こそ、新しい出会いと、
新しいスタートにワクワクしたものですが、
そんなものは1ヶ月も経たずに消え失せました^^;
1日の大半は会社に束縛され、
自分の時間は一気になくなっていきました。
あらゆることが会社によって縛られていました。
スロットを打ちにいくかどうかは、
自分の意思で決めていましたが、
就職してからは、会社が僕の時間を決めます。
奴隷とおんなじだと思いました。
会社に通える範囲の家に住み、
毎日決められた時間に起き、
会社に決められた服装に着替えて、
毎日同じ時間の満員電車に乗って職場まで通い、
毎日会社のために夜遅くまであくせくと働き、
嫌な人とも仕事上は付き合わなければなりませんでした。
それだけのものを代償にしても、
初任給は学生時代のスロットの稼ぎの半分以下でした。
どんなに頑張って成果を出そうが、
自分の給料にはほとんど反映されません。
お金のために働いているはずなのに、
僕は給与明細をほとんど見なかったし、
そもそも給料日が毎月何日なのかも知りませんでした。
どうせ振り込まれる額は
最初から決まってるんだから、
わざわざ確認する意味もないと思いました。
通帳に『賞与』という項目で
振り込みがあった時も、
最初は何のお金なのか全然分からず、
それが初めてのボーナスだと10分ぐらい気付きませんでした(笑)
「大学を卒業したら会社に就職して、
毎日あくせくとお金のために働くのが常識。」
そう思い込んでいた僕は、
「これが大人になるということなんだ」
と諦めて、現状を変えようとはしませんでした。
いや、会社に雇われる以外の生き方を
ただ『知らなかった』だけという方が
正しいかもしれませんね・・・。
「学生時代みたいにスロットで稼げばいいんじゃないの?」
もしかしたらこう思う方も、
中にはいるかもしれませんね。
でも僕は、スロットで食っていこうと
思ったことなんて一度もありません。
いつ稼ぎにくくなるか分からないし、
社会的信用はないし、
金目的”だけ”のスロットはおもしろくなかったし、
また体を酷使して救急車で運ばれるなんてゴメンです。
『逃げちゃだめだ!逃げちゃだめだ!』
そう自分に言い聞かせながら、
社会的信用とお金、
そして『安定』という幻想のために、
毎日せっせと働き続けました。
平日は目の前の仕事に忙殺され、
土日だけは、ひと時の自由を
噛みしめるように過ごしました。
1週間7日のうち5日間は、
わずかなお金のために会社に捧げるのです。
唯一の楽しみである土日すら、
必ず保障されているわけではありません。
上司「だくお君、今週末空いてるかね?」
僕 「今週末はちょっと予定が・・・」
上司「ちょっとシステム障害があって、
どうしても人手が必要なんだ。」
上司「みんなは休日返上で働いてるんだ」
上司「力を合わせてこの困難を乗り越えよう!」
上司「だくお君の力をぜひ貸してほしい!」
要するに、
「お前も周りの空気読んで休日出勤しろよ?」
ってことです。(決して口には出しませんが)
僕 「はい。分かりました。」
そんな感じで、
言われるがまま働き続ける日々は続きました。
僕がたどり着いた結論
そんな生活を4年ほど続けました。
日々の仕事は無難にこなしていました。
給料は入社当初と比べると、ちょっとだけ増えました。
(ほんの数万程度なので、
まだ学生時代のスロット収支には程遠いですが^^;)
1日の大半を会社に束縛された、
不自由な生活は相変わらずでした。
年も30近く。そろそろおじさんと呼ばれても
おかしくない年代になってくると、
将来についても真剣に考えだすようになりました。
周りの上司や先輩を見ると、
やりたくもない仕事に日々追われて、
会社に縛られた不自由な生活に不満を抱いていました。
その姿は、
当時平社員だった僕と変わらないどころか、
年次が上がるほど忙しさは増す一方で、
「かわいそう」だとすら思うほどだった。
そんな先輩たちに、
将来の自分を重ねていくうちに、
「このまま何十年もこの仕事を続けていくのか?」
と思うと、急に恐ろしくなって、
会社に行くのも余計に嫌になりました。
「ここ数ヶ月、仕事が忙しくて、
休日しか子供と話せてない…」
と愚痴っている上司もいました。
愛する家族との時間を犠牲にしてまで、
会社には服従しなければならないのか?
お金を稼ぐということは、
何かを犠牲にした対価としてお金を受け取ることなのか?
あと数年すれば僕にも家族ができると思います。
僕は自分に問いかけました。
家族との時間を犠牲にしてまで、
会社に服従し続ける覚悟が僕にはあるのだろうか?
「無理ダーーッ(´・_・`)/」
その職場には、
「将来自分もこうなりたい」
と目標にできる先輩・上司が、
誰一人としていないことに気付いてしまいました。
「今の生活の延長線上に、理想とする未来はない」
これが僕がたどり着いた結論でした。
今回はここまでです。
次回は僕が本気で脱サラを目指すきっかけになった
ある出会いについて書いていきます。
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